Paul Smith -ポール・スミス-

1970年、イギリス・ノッティンガムにセレクトショップをオープン。 そこでは、いち早くマーガレット・ハウエルやケンゾーを扱うセレクトショップとして名を広めた。 1970年半ばから、ポール・スミス自身がデザインしたオリジナル・シャツの販売を開始。 オリジナルアイテムのネクタイやシャツは評判になり、イギリス国内にポール・スミスの名が広まっていきました。 ポール・スミスはメンズウェアブランドとして始まっ

KENZO -ケンゾー-

高田賢三は1939年、兵庫県に生まれました。 1960年、文化服装学院在学中に「装苑賞」を受賞。 1961年には、文化服装学院を卒業しデザインの職へ。 1965年、単身パリへ渡り、デザイン画を売って生計を立てる。 デザイン画を売っていた中に、既製服メーカーのビサンチに雇われ、これをきっかけにしてパリに在住する。 1969年に「ジャングル・ジャップ」という差別用語を自ら使ったブティックをオープン。

TOMMY HILFIGER -トミー・ヒルフィガー-

1984年、トミー・ヒルフィガーが自身の名を掲げて設立したブランドです。 トミー・ヒルフィガーは高校時代に友人と150ドルの資金でジーンズを20本売ったことが、アパレル業と関わった始まりだと言われています。 そして、1969年にニューヨーク州の北部に「ピープルズプレイス」という名のショップをオープン。 しかし7年後、トミー・ヒルフィガーが25歳のときに倒産。 このとき、トミー・ヒルフィガーは「人々

Coach -コーチ-

1941年、アメリカのニューヨーク・マンハッタンで創業した、高級皮革製品メーカーです。 社名の頭文字である「C」のモノグラム柄は有名ですね。 主に30歳前後の女性に人気が高いブランドです。 Coachという社名は「乗り物」を意味しており、馬車の代名詞「コーチ(Kocs)」というハンガリーの都市名である。 コーチは創業当初「野球のグローブ」の革を使った鞄を生産する小規模な会社でした。 この頃は年配の

DIOR HOMME -ディオール・オム-

フランスのファッションデザイナーである「クリスチャン・ディオール」が創立したメンズラインが「ディオール・オム」。 ディオール・オムは「クリスチャン・ディオール」の2001-2002秋冬パリコレクションから発足したメンズラインです。 ディオール・オム発足以前にもディオールには「ディオール・ムッシュ」というメンズラインがありましたが、この時から「ディオール・オム」がディオールのメンズラインとなりました

JEAN PAUL GAULTIRE -ジャンポール・ゴルチエ-

1976年、フランスの生まれのジャンポール・ゴルチエが、自身の名を冠して設立したブランドです。 ジャンポール・ゴルチエは1952年、フランス・パリ郊外に生まれました。 祖母がお針子だったため、幼いころから洋服の基本を、遊びの中で身につける環境がありました。 このような環境で育ったジャンポール・ゴルチエは、デザイナーになる教育を受けることはありませんでした。 自分がスケッチしたデザインをスタイリスト

Givenchy -ジバンシィ-

1951年、ユベール・ド・ジバンシィがコレクションを発表。 翌年、1952年にジバンシィ社を創立しました。 ジバンシィは、1954年の映画「麗しのサブリナ」で主演した、オードリー・ヘップバーンの衣装を手がけたことで一躍有名になります。 これを機に、オードリー・ヘップバーンは、ジバンシィの象徴となり、女性の体のラインを美しく見せる「ディオール」とは対極の、「自由」で体のラインを強調しないスタイルを提

Berluti -ベルルッティ-

イタリアの指物師だったアレッサンドロ・ベルルッティは靴作りを学びます。 その後、サーカス団の靴や道具を作りながらヨーロッパ各地を転々とし、パリに到着したとき、紳士靴工房を開いた1895年がベルルッティの始まりです。 その後、アトリエブティックをモンダボー通りでオープンしたことから徐々に人気を獲得していきました。 その後、創業者一族の四代目である、オルガ・ベルルッティが就任すると、ベルルッティに新し

American traditional -アメリカン・トラディショナル-

アメリカ東部の伝統的な服装の総称が「アメリカン・トラディショナル」です。 日本では「アメトラ」「トラッド」などと呼ばれることもあります。 アメリカン・トラディショナルの代表的なファッションには、「アイビー・ルック」「アイビー・リーグ・モデル」のスーツがあります。 共にアメリカ型背広の原型と言われ、ブランドとしては「ブルックスブラザーズ」が商品化した「ナンバーワン・サック・スーツ」が有名。 アメリカ